4.人は、自分の立場からものを見ている ― 自分が見えてくる ― 河上玲子

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写真はイメージです(PhotoACより)

こんにちは。

セルフカウンセリング®という心理学(自己発見心理学)に基づいて、企業研修としてコミュニケーショントレーニングを行ったり、コミュニケーショントレーナーの資格取得のためのセミナーを企画運営しているNPOです。

 理事、監事がセルフ・カウンセリングに関わって感じた各人の感想、思いつき等 あくまでも個人としての自由な意見・考え方をブログでお伝えしています。セルフ・カウンセリングを学ぶ上で、皆様の参考になれば幸いです。

 

前回に引き続き、理事の河上玲子さんです。

 

4.人は、自分の立場からものを見ている ―  自分が見えてくる  ― 

 

渡辺先生は授業の中で、色々と興味深いお話をして下さいました。今でも印象に残っているのが、デモ隊と警官隊のお話。渡辺先生が日本テレビで、報道番組に関わっておられた頃の体験談です。 

 

60年安保闘争の最中、その現場を撮影してニュース映像として報道する時に、カメラの位置や撮り方によって全く意味の違う映像になる、という事に気づかれたそうです。 

 

デモ隊側から相手を撮れば、自分自身は盾で守りながら、警棒を振りかざして学生を制圧しようとする横暴な警官の姿が映ります。しかし、警官の側から相手を撮れば、路面のアスファルトを壊した石ツブテや、可燃液を詰めたガラスの小ビン等を、所かまわず投げつけてくる無法な学生の姿がそこにあります。そしてそれらは両方とも、その日そこに在った事実なのです。 

 

渡辺先生は「このカメラのように、私たちの目は、自分の立場からしか、ものを見る事は出来ないのです」と言われました。 

 

渡辺先生は続けて「人は誰も、自分の目で見る事が出来るのは、自分の外の世界だけです。自分の目で自分自身を見る事は出来ないのです。そこで、相手と自分の両方を書き、それを読み返す事で、外側から両方を見てみようというのがセルフ・カウンセリングの方法です。セルフ・カウンセリングは、第三者の目で自分を見ることの出来る、唯一の方法なのです」と言われました。 

 

セルフ・カウンセリングの記述用紙には、中央に1本の縦線(自他境界線)があります。右側は「自分」の世界、左側は「相手=他者=自分以外の全世界」。 

 

左側には「相手の言ったこと・したこと=自分が見たこと・聞いたこと」を書きます。右側には「それを見て・聞いて、自分が思ったこと・言ったこと・したこと」を書きます。そしてそれを正面に据えて、垂直方向から相手と自分を俯瞰して、対等に読み取ります。 

 

私は、この記述用紙を使って問題に取り組む事で、夫の自己評価不安に気づき、自分自身に気づき、それを積み重ねながら、少しづつ落ち着きを取り戻す事が出来ました。 

 

セルフ・カウンセリングの記述用紙は、その物理的構造自体の中に、自己発見を促す(自分を見つける事の出来る)大きな威力を持っている、と感じています。 

(完)

 

4回連載をお読みいただきありがとうございます。

 1回目:「“私も”夫を恨んでいたのよ」― 夫との関わり ① ―

 2回目:「ご主人は“不安”なんですよ」― 夫との関わり ➁ ―

 3回目: 祖母の優しさに出会えた ―  他者が見えてくる  ―

 4回目: 人は、自分の立場からものを見ている ―  自分が見えてくる  ―

 

 

 

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コメント: 6
  • #1

    東 由紀子 (金曜日, 30 9月 2022 10:07)

    自分を大切に生きていく素晴らしさを知りました。いつも自分のこともできないのに人のことはいってはいけない。すべて自分に返ってくる。その教えのもとに生きています
    。日々大切に生きていきたいです。

  • #2

    河上 玲子 (金曜日, 30 9月 2022 23:07)

    東 由紀子様

    コメントを有難うございました。
    東さんは、いつも、“自分のことも出来ないのに、人の事は言ってはいけない。すべて自分に返ってくる”、という教えのもとに生きておられるのですね。日々大切に生きていきたいと願っておられるとの事、厳しくご自分を律しておられるんだなあ~、と思いました。

    私自身も、自分のことが出来ているとはとても言えない“発展途上”人です。でも、コミュニケーション・トレーニングを学んで、自分の思いを人に伝えても良いんだ、と思えるようになりました。伝えないと人には伝わらない、という事を、身に沁みて実感したからです。

    東さんが嬉しかった事、感謝している事、共感している事などはもとより、仮に嫌な事、困った事であっても、相手を責めたり非難する形ではなく、あくまでも東さんの願いや希望として、誠意をこめて思いを伝えて行かれてはどうでしょうか? その時、初めて相手との真の心の交流が生まれるのではないでしょうか?

    真の心の交流こそが、日々を豊かにします。そして、それが更に、東さんの豊かな未来へと繋がって行く事を信じ、心から願っていますよ。

  • #3

    関香澄 (土曜日, 01 10月 2022 06:16)

    私の周りにいる人は自分からは見えない自分の姿、

    自分が言ったことは、
    相手と同じ場面になると自分に帰ってくる不思議を体験してきましたが、

    文章で書くとまた違った角度から自分を見られ葛藤をお越し、

    認めたくない心が見えて、

    面白いです。

    その時はわからない相手になった人の気持ちを考えられるようになったように思いますし、

    言葉にできるようになってきたなと思います。

  • #4

    東 由紀子 (土曜日, 01 10月 2022 10:05)

    どうしても人を責めてしまうことがあり、反省しています。冷静に判断して思いを伝えることの大切さを知りました。自分を見つめなおすことも大切だなと思いました。

  • #5

    河上 玲子 (火曜日, 04 10月 2022 21:26)

    関 香澄 様
    コメント有難うございました。
    文章で書くとまた違った角度から自分を見られ、葛藤をお越し(起こし?)、認めたくない心が見えて・・・「辛いです」・・・と書かれているのかと思ったら、「面白いです」とあってびっくり。ゆとりを持って読み返しておられるのだなぁ、と思いました。
    又、その時はわからない相手になった人の気持ちを、考えられるようになったように思われているのですね。しっかりセルフ・カウンセリングを学んでおられるご様子が偲ばれ、嬉しく拝見させて頂きました。

    言葉にし文章で表現し、更にそれを読み返す事で、自分の内面も外の世界も、より深いものが見えてきて、視野が広がりますね。相手も一人の大事な人格として、その時には分からなくでも、気持ちを尊重し推察していく事、本当に大切ですね。

  • #6

    河上 玲子 (火曜日, 04 10月 2022 21:39)

    東 由紀子 様
    どうしても人を責めてしまうことがあり、反省しておられるのですね。お辛いのかな…? とお察ししました。

    人は、自己評価不安に駆られると、その不安から逃れようとして、色々と心理的な「やりくり」をします。相手を責め、相手のネウチを引き下げる事で、相対的に自分のネウチを守ろうとするのですね。

    これは、誰にでもある事ですから、何かのことで〈人を責めてしまった〉と思われた時には、ご自分を反省するのはちょっと脇に置いておいて、〈今、自分は何が不安で、相手を責めたのだろう?〉と、ご自分の内面を振り返ってみましょう。具体的には「思わず人を責めてしまった場面」を取り上げて、セルフ・カウンセリングの記述で探究されては如何でしょうか? 

    心のセリフを表現し、自分の感情・欲求を捉え、自己評価不安が見えてくると、〈ああ、私は○○が不安で、思わす相手を責めてしまったんだな〉と納得がいきます。すると、相手も相手を責めた自分も、両方を理論的に理解して 許せるようになり、心が落ち着きます。すると、東さんがお書きになっているように、“冷静に判断して思いを伝え” られるように、自然になっていきますよ。